恵子氏:
通常のソフトメーカーは、九州から北海道までの卸売様を30社ほど回って、注文をとるものだったそうですが、私たちはゲームではないPCソフトも販売していましたし、そもそも当社にはその営業がいないのです。
そこで、私は「それなら流通の会社に来ていただこう」と、習字の達人に和紙で招待状を書いてもらい、帝国ホテルで「『信長の野望』のファミコン参入の発表会を開く」と日本中の卸売様にご案内して、昼食会を開いたんです。
――え、ソフトハウスが流通業者を呼びつけたんですか?
恵子氏:
ええ、なにせ営業は一人しかいませんし、パソコンのビジネスや日々の業務もあるので、九州から北海道まで回っていくなんて現実的じゃありませんから。大手の問屋様に総代理店になっていただくのも好まなかったですし。
ところが、そうしたらなんとご招待した全員がホテルに来てくださいました。というのも、卸しの掛け率の相場を学生時代からのビジネスの経験で知っていたので、私は他社より高くしておいたんです。
佐藤氏:
しかも、コーエーさんのゲームは定価が高いから。
恵子氏:
そうです。そうして呼びつけた上で、昼食会の席上で私は「コーエーのゲームは、現金で全て先払いでお願いします」と言ったんですね。
佐藤氏:
えええ(笑)。
恵子氏:
そうしたら、もうその場にいた人たちの怒ったこと、怒ったこと。「コーエーはうちより信用調査が悪い。うちを銀行と思っているのか」と叱られたり。
――あの……流通業者が現金先払いでソフトを購入するのなんて、あまり耳にしたことのない話なのですが。
恵子氏:
非常識もいいところですわよ(笑)。
でも、お金がなければゲームを売りだせないんだから、仕方ないです。「”先に金を全額くれ”なんて話は聞いたことがない。しかも、先払いでコーエーが潰れたらどうしてくれるんだ!」なんて怒られました。
――そうですよね……。
佐藤氏:
それで、どうされたんですか?
恵子氏:
「ええ、おっしゃるとおりです。私たちには資金がないので、潰れるかもしれません。ですから、コーエーは潰れないと思われて、それでも『信長の野望』を仕入れたいと思って下さる方がいらしたら、ぜひ前金でお願いします」と答えました。そうしたら、今度は「金儲けしたいんだろ!」なんて凄まじい剣幕で怒られまして(笑)。
佐藤氏:
(笑)
恵子氏:
そこで、私は「コーエーに将来性があるとお考えの方2、3社の方とだけでもお付き合いいただければ、それで幸いです」とひたすらお願いしました。
そのあと、任天堂さんには流通業者の方々から、「訳の分からない女が、頭のおかしいことを言っている」とか「非常識極まりない」とかの、たくさんクレームの電話が来たそうです。なにしろ前代未聞のことで、きっと九州から北海道まで私への悪口が飛び交っていたのでしょうね。
さすがの私もしばらくは落ち込んでしまったのですが、襟川と来たら「まあ、企業の中には人それぞれ役割があるからね」なんて言って、自分は涼しい顔をしながらゲームを作っていたんですよ!
――なるほど(笑)。
恵子氏:
そうしてしばらくしたら、もう銀行に大金がバンバン振り込まれてきました。(笑)。メインバンクだった支店長がびっくりして、すっ飛んできました。銀行にそういう入金があるなんて知らせていなかったので、「こんなことは初めてだ」と驚いていました。まあ、そのお金はすぐに任天堂さんにお支払いしてしまったのですが。
――ファミコンにおけるROMの先払い制度は、今となっては有名な史実ですが、そのときにメーカーが問屋さんに先払いさせた事例があったなんて初めて聞きました……。
恵子氏:
最初は全額前払い。次回からは半金前払いでした。金利も当時は高かったので、すばらしい仕組みですね。私は義父の会社で手形の不渡りは懲りていますから、いつもニコニコ現金決済です。
一同:
(笑)
佐藤氏:
いやあ、今だから言える話というか、まさに「我が道をゆく」ですよね(笑)。
恵子氏:
その頃から、いつもコーエーでは悪いことはすべて私の仕事なんです、ふふふ(笑)。でも、なんとか、醜態をさらしながらここまでやってきました。